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青写真 

Zeno Roth 1991

実はここに「速報!」としてアップするべく、とある「朗報」の結果を数日待っていたのですが、結局水に流れました。
あぁ、うたかたの夢。

なんだったか…というと、ジーノ(Zeno Roth)のライブ情報でした。
イギリスはノッティンガムで行われる某フェスティバルの主催者のひとりが「ZENO」の信奉者(86年にダブリンでZENOライヴを見て以来のファン)で、来月末に行われるショウにご招待受けました。
ゲスト(招待客)としての参加でよかったのですが、このフェスティバルに80年代の「第一次ジーノ(ZENO)」関係者がふたり出演する予定になっていることから、いきなりジーノ・ロート(Zeno Roth)本人が、

「じゃ、Eastern Sunを弾いてもいいかな…」

と、提案。(おお!)

ロート兄弟というのは「即興人種」で、ギターと適切な機材と人材と雰囲気さえ整っていればOKなタイプ。
これがもし、ウリ・ジョン・ロート(Uli Jon Roth)軍団へのジーノの飛び入り参加…ということであればさほど問題はなかったかもと思うのですが(1991年の「ジミ・ヘンドリクス・コンサート」のように…)、やはり違うタイプのバンドであると、それがいわゆる"ファミリー・バンド"であっても受け止め方も違ってきます。

というわけで、もし実現すれば、ジーノ、ウレ、ロッドでまた同じステージを共有できたかもしれないこの企画。現在、夢と消える方向に向かっています(しゅん)。
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ヴォーカル考 -5- 



ヴォーカル考 -4-」より続きます。

1988年、バンド「ZENO」は、使途不明金とトラブルの多かったマネージャーのデイヴ・コーク(Dave Corke)を解雇し、英国の新しいマネージメントに就きます。同時に「EMI UK」も離れ、次作の契約のためにショウ・ケースを行うことになります。(たとえば、ロンドン・レコードとか…。)
このとき、リズム・ギターとして招き入れたのがヘルゲ・エンゲルケ(Helge Engelke)です。家が近かったこともあり、彼のことをよく知っていたジーノ(Zeno Roth)が彼を呼び寄せ、「ZENO」としての新たなスタートを切ることになりました。

…が、同年8月には、マイケル・フレクシグ(Michael Flexig)がバンドを離脱。
新しいヴォーカル探しを担当したのは、ジーノとCC(CC Behrens)で、山のように積まれた資料とテープの中から、あの「イーグル」の図柄↓がジーノの目に留まるわけです。
V2彼ら(バンド「V2」)の音を聴き、そこに自然で天才的な才能を見出したジーノがトミー・ハート(Tommy Heart)に連絡。もともとジーノの大ファンであったトミーが、ほぼ即答で「ZENO」加入に同意する…という話は、フェア・ウォーニング(Fair Warning)ファンの方にはお馴染みかもしれませんね。

そしてこの新メンバーで、当時「ZENO」に多大な興味を示していたゲフィン(Geffen Records)にショウケースを行うのですが、トミーのVo.に難色を示したゲフィンが、トミーを脱退させる条件で契約を提示してきます。が、これにジーノとウレ・リトゲン両者がが反対し、その後、フェア・ウォーニング(Fair Warning)が誕生することになりました。

…というわけで(前置き、長いね。すみません)、ジーノはトミーの才能を高く評価しており、またこういった長い歴史からも、今回のアルバム(Runway To The Gods)のVo.として、遠隔レコーディング(英と独)を試みるのです。
(その後さまざまな経緯から、残念ながらトミーのヴォーカルは実現しませんでしたが…。)

上述のように、ヘルゲとジーノにも長い歴史がありますが、ジーノの新Vo.探しを巡り、「ファミリーって名の下(ウリ・ジーノ・フェア・ウォーニング・ドリームタイド)、同じようなメンバーでサークルを一緒に回っているのって、息苦しくない?」…という自らの言葉を補充するかのごとく(笑)、彼からいろいろなヴォーカル候補の名前が出てきます。

その一人がマイケル・ボーマン(Michael Bormann)でした。(ほかに、ドイツの「マイケル」が、あと2人くらい出てきましたけど…笑。)

…「ヴォーカル考 -6-」に続きます。

ヴォーカル考 -4- 

Zeno Rothヴォーカル考 -3-」より続きます。

ジーノ(Zeno Roth)が、英国にスタジオを移したのは2000年の夏ですが、その前の北ドイツ時代に、「Shades Of Blue」や「Runway To The Gods」を含む5曲ほどのデモは出来上がっていました。(ちなみに当時のデモ上での「Runway To The Gods」は、オープニングが微妙に違っています。)
デモはいつもジーノ自身のVo.で作られます。それを基に、本当のヴォーカルとディスカッションが進められ、レコーディングへ入っていくことになります。
(音域に関する)批判は覚悟で、ジーノはこのデモをマイケル・フレクシグに送っています。この時点で、ジーノの中に若干の迷いはあったものの、Vo.はフレクシグでいく…という決意の下、ふたりでデモに関する議論も交わされています。

そして、もう終わりは見えないんじゃないか?と、関係者(本人含む)全員が思うくらいの長い時間のトンネルの中に入っていくわけです。
(ホントニ ジゴク カト オモイマシタヨ。)

この間に、もともと原因不明の難聴の傾向があったジーノの聴覚はさらに失われ、一時は左耳が完全に聴こえなくなります。音楽を生業とする人間にとって作品の制作半ばに聴覚が失われるということは、生命を絶たれるほどの苦しみです。
そして、マイケルからの「ZENOのヴォーカルでいる意志は既にない」…という正式告知。

これでジーノは完全に打ちのめされ……ないです(笑)。
マイケルの脱退は半ば予想していたことでもあり、彼からの正式告知により、「このアルバム(Runway...)を自分が本当に作りたかった軸の太いロックアルバムに仕上げる」というジーノの願望を実現させる可能性も出てきたわけです。(*逆境好きなロート兄弟…という標語もあります。←嘘)

しかし、新しいヴォーカル選びは、決して楽なものではなかったです。
英国内でのオーディションも考えましたが、しかしそこに十分に時間を費やす余裕もなく、結局はファミリー・サークル内をサーキットすることになりました。
ここで、オーラフ・ゼンクバイル(Olaf Senkbeil)ともコンタクトを取っていて、彼も快くVo.を承諾してくれています。(ジーノの最終決断により実現はしませんでしたが。)

そしてライナーノーツにもある通り、ヴォーカル探しの旅は、いったんトミー・ハート(Tommy Heart)で落ち着くのです。

…「ヴォーカル考 -5-」に続きます。(いつまで続くのでしょうか?…汗)

"There it is...!" 

ZENOのアルバムには、ファーストから、ある「引用」が使われています。

「ZENO」:"There it is...!"
「Zenology」:"There it is again"
「Listen To The Light」: "There it is (once again)..."
「Runway To The Gods」:"There it is, there it was, and there it will be...!"


Amadeus -Jeffrey Jones-2作目以降は、すべてジーノ(Zeno Roth)のアレンジによるものですが、おおもとの「There it is...!」は、ミロス・フォアマン(Milos Forman)+ピーター・シェーファー(Peter Shaffer)の映画、「アマデウス(Amadeus)」からの引用です。
ジェフリー・ジョーンズ(Jeffrey Jones)演じる、皇帝ヨーゼフ2世(Emperor Joseph II)が繰り返し使い、ある意味トレードマークともなった台詞、「Well, there it is」。
覚えてらっしゃいますか?
ロートとウレ・リトゲンがこの映画を観たのは、レコーディング中のダブリンで…でしたが、この「There it is...!」が彼らのツボにはまり、これがジーノの引用トレードマークとして使われていくことになります。

Amadeusさらに、この映画の中で皇帝が苦し紛れに言った「Too many notes」、…そして、モーツァルトが真面目に聞き返した「どこが?どの音が?」っていうのも、いまだに彼らの会話で(欧の俄か批評家などへの揶揄を込めて…w)使われることがあります。

Emperor Joseph II: My dear young man, don't take it too hard. Your work is ingenious. It's quality work. And there are simply too many notes, that's all. Just cut a few and it will be perfect.
Mozart: Which few did you have in mind, Majesty?





ベース -Musicman Sting Ray- 

Musicman

ジーノ(Zeno Roth)のギタープレイに関しては広く知られていると思いますが(…願)、さらにミュージシャンの間で定評のあるのが、彼のベースプレイです。
これは旧友ウレ・リトゲン(Ule Ritgen)(b) をして、「すごいな。ベーシストになってもよかったのに…。」(「Listen To The Light」アルバム時)…と言わしめたほどですけれど、ではそのベースについてです。

Musicman

Musicman

ジーノが弾いているのは、「Musicman Sting Ray」。
ベースプレイにおいて、彼がもっとも尊敬している人は、YESのクリス・スクワイア(Chris Squire)。

Musicman

そして、彼のベースに必要不可欠なものは、

Roto Sound

ロト・サウンド(Roto Sound)と、

Monster Cable

モンスター・ケーブル(Monster Cable)、[Performer 500] とのことです。

少年ジャスティン 

A Little More Love」のPVについて、さらに一エピソード、付け加えてみましょう。
まずは、アルバム・ジャケットをごらんください。

Zeno /「ZENO」

Zeno /「ZENO」光を聴く少年の図。これがのちに「Listen To The Light」として、スタジオ・アルバム2作目に引き継がれていくわけですが、この少年と「A Little More Love」PVの冒頭に出てくる少年が同一人物です。(ジーノの記憶によれば…。)

そしてこの少年を選ぶのに、オーディションも行っています。
彼がジャスティンくんです。

当時のマネージャーは、ある意味、非常に有名なデイヴ・コーク(Dave Corke)。
デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ(Dexy's Midnight Runners)(「カモン・アイリーン(Come On Eileen)」っていうすごいヒット曲@UKがあったんですけど、知ってる方は少ないかな?)、ジューダス・プリースト(Judas Priest)、ブラック・サバス(Black Sabbath)、オジー(Ozzy Osbourne)、ウルリッヒ・ロート(Ulrich Roth)、etc.,と、彼の関わったバンド、ミュージシャンは幅広いですが、「ZENO」においても、すご腕ぶりを発揮しています。
いまだにロート兄弟にとっては「懐かしいひと」の筆頭ですけれど、もちろんトラブルと逸話も多し…だった人です。
だって、ZENOのマネージャー時代は、ロンドンーニューヨーク間をコンコルドで飛んじゃったりしてますしね(orz)。

ただコークの発想の鋭さ、奇抜さ、クレイジーさは、ジーノとウリにとっては歓迎すべきもので、彼から学んだことも多く、それはいまだにRoth兄弟のビジネスの軸ともなっています。またこの時代、ジーノのビジネス手腕も磨かれていくことになるんですね。
のちに彼が一時音楽業界から身を引いた理由は、「ミュージックビジネスへの嫌悪感」というのは正しいのですが、しかし契約書をはじめとする業界のビジネスごとに関するジーノの知識というのは、ミュージシャンを越えたものがあります。これは、ヘルゲ・エンゲルケ(Helge Engelke)とウレ・リトゲン(Ule Ritgen)も同様なのですが…。

そして1986年、「ZENO」はブラック・サバス(Black Sabbath)と2週間のUKツアーを行います。5月21日から6月4日まででした。これがいまだに自虐的笑いとなっている、「悪魔と天使のツアー」です。(だって、サバスとジーノですもん…。w)
さらに7月9日は、英ニューキャッスルにて、クイーン(Queen)とINXSらとともにフェスティバルに参加することになります。このときはじめて、ジーノはブライアン・メイ(Brian May)に会うことになります。

(…だんだん話がそれてきたので、またこれは後ほど…。)

契約金は4億円 

Ulrich Roth / Zeno Roth

兄弟がふたりそろってメディアに露出することは、いまでは非常に稀になりましたが、ファーストアルバム(「ZENO」)契約の頃、デビューの頃は、このようにして「兄弟」としてのプロモーションが目立っています。

ジーノ・ロート(Zeno Roth)が、バンド「ZENO」でEMI UKと正式に契約したのは、1984年6月のことです。
バイオなどには「新人バンドとしては破格の契約金だった」と書いていますが、その契約額は、£2ミリオン(約4億円)でした。
そしてこれらは、レコーディングやマネジメント、PV、他のプロモーションなどによって、無駄に浪費されて使われていくことになります。

A Little More Love PVコンテ

The young boy walks alone along beach or ridge of hill. Natural sounds. He is looking at the ground, preoccupied, his hands in pockets. Misty daylight.

Out of the mist come three riders. The music starts. The riders gallop in slowed motion towards the camera....


この一文は、「A Little More Love」のプロモーション・ビデオ制作のための原案です。
エントリー「2本のストラトとプロモーションビデオ(1st)」でも書きましたが、映像監督は「ヒプノシス(Hipgnosis)」の巨匠ストーム・ソーガソン(Storm Thorgerson)氏。
撮影場所は、イーストボーン(Eastbourne)近郊のバーリング・マナー(Burling Manor) に始まり、ライヴ撮影は、ブリクストン・アカデミー(Brixton Academy Theatre)、少年のいる室内は、ロンドン・ハイドパークマンション内のフラットで、「ZENO」型の炎は、実際にロンドンは「Cabbell Street」にて行われました。
撮影が行われたのは、1986年2月17日、ちなみにビデオの制作費は£50,000(約1千万円)でした。w



現在、この映像のオリジナルをリマスタリングして、ジーノの未公開インタビュー(当時)とともにDVD化しております。
できあがったらご報告いたしまする。

A Little More Love」と言えば、やはりこの方の当時の写真もアップしなければなりますまい。(画像が悪くて申し訳ない。)

Ule Ritgen

当時から「プリンセス」と称されていた(…いる)、ウレ・リトゲン(Ule W Ritgen)。いつも非常にお美しゅうございます。

洗礼 

南ドイツほどではないとしても、カトリック色の濃いデュッセルドルフに、50年代に生まれたジーノとウリ。この頃、幼児期に洗礼を受けるのはかなり一般的だったにも関わらず、兄弟は洗礼を受けていません。
父親(カール・ヨーゼフ)の、「宗教は自分の意志で考えて決めるものだ」という信念のもと、兄弟も成長してから自分の宗教について考えるようになります。
その結果、高校時代に自ら教会に出向いて洗礼を受けたのが兄のウルリッヒ。
ジーノは…というと、洗礼を受けることを選ばず、いまでも基本的に「無宗教」のままです。
聖書を読み、そして自分なりにさまざまな宗教を学ぶにつれ、「教会」というもの「宗派」というものが、本来の神の教えからかなり離れているという矛盾にぶち当たり、教会に属することをためらったようです。
教会に通う代わりに、彼は仏教やヒンドゥー教、そして神道や禅などに興味を持ち、書物を読み耽るようになりました。

そのジーノが身につけているネックレスは2種類。ジーザスのクロスと仏陀。
そして今回のアルバムのタイトル、「ランウェイ・トゥー・ザ・ゴッズ(Runway To The Gods)」。彼にとって神はあくまでも複数形(Gods)なのです。(このあたり、ぜひジーノのセルフ・ライナーノーツを読んでみてください。)

またのちほど、「ヴォーカル考」の中でも触れていきたいと思いますが、マイケル・フレクシグの後任に、リズ・ヴァンダル(Liz Vandall)を検討していた時期があります。彼女のパワフルなVo.は、ジーノも認めており、実は数回セッションも試みました。
しかしアルバムの中の一曲でもある「Runway To The Gods」を見てヴァンダルは、
「複数形の神なんて信じられない!! 神はジーザスのみ。信じられない!?? こういう歌は歌えない。」
…というわけで、リズ・ヴァンダルのヴォーカル案は消え去ることになりました(ほっ)

ちなみに洗礼を受けたウルリッヒですが、彼も複数の神を信じています。彼のスタジオに鎮座するのは、巨大な金の仏陀像であることも有名な話です。

こういった背景から「Listen To The Light」アルバムの中で、ロートはさまざまな宗教の考え方を歌詞とアートワークの中で結びつける手法を試みます。この考え方が、のちにヨーロッパで批判されることになり、その批判に対する彼の答えが、セルフ・ライナーノーツに書かれたこの言葉だったのです。

I believe in Christ, without being a “Christian”, I believe in Buddha, without being a “Buddhist”, I believe in many concepts of the old Indian religions, without being a “Hindu”, I believe in God without being “religious” in a formal sense, I believe in myself without being “selfish”…

「ジーザスを信じるのにクリスチャンになる必要はなく、仏陀を信じるのに仏教徒になる必要はない。ヒンドゥー教徒にならずとも、古いインド哲学の多くの思想を信じることはでき、宗教家になることなく神を信じることができる。そして、利己的になることなく自分を信じる…。」



Runway To The Gods 壁紙 

Runway To The Gods Wallpaper

ジーノ・マネジメントのPCの壁紙は、「Runway To The Gods」です。
…というわけで、余興企画。壁紙を用意させていただきました。
ご興味ある方、どうぞ使ってください。

Runway To The Gods 800x600
Runway To The Gods 1024x768

A Man from the East 

ことば遊び -Purify-」に多くの正解を出してくださいまして、ありがとうございました。

以下3行は、
The floods engulfed the king of Egypt many years ago
A thinking man of Cyprus came to free the human soul
On the isle a master of the word recreated our universe

それぞれの行が、この3人に呼応しています。↓





それでは「ことば遊び編」第2弾…ということで、ジーノより質問が来てます(笑)。
Listen To The Light」アルバム収録曲の「Tomorrow Arise」からです。

Now it seems like a dream, so far far away
that once our world was two
A man from the East redeemed our hearts,
reuniting what had to be One
The curtain came down and
shattered for good
those two demons still lying in wait
But our hearts had grown old
with lies we'd been told,
and the young had been raised on hate


この中で「A man from the East」とは誰を指し、そして上記の一節は何について書かれたものであるか、おわかりになりますか?
ぜひぜひ考えてみてください。

以下、「Tomorrow Arise」より、ジーノ節(詞的に…)全開の部分です。

Praying for the morning
doesn't chase the night away
Each and every one's
got to create another day
...
Tomorrow, arise
And make us realize
Our future lies in making today


今日は「Peace One Day」です。

イーボウ(Ebow)とボトルネック(Bottleneck) 

先に「バンド名と東方幻想」のエントリーで、「Listen To The Light」アルバム収録のインスト「Rainforest Tears」について触れましたが、このソロの中で使っているのが、イーボウ(Ebow)。

Ebow

ジーノのアルバムの中で、Ebowが使われているのはこの1曲のみのようですが、「ADSR Envelope—(Attack/Decay/Sustain/Release)Envelope」のうちの「A(Attack)」を取り除くことで、ヴァイオリンやシターのサウンドに近いものが得られ、この楽曲の中ではサイケデリックな効果を生み出しています。

さらに、過去に使っていたもうひとつのギター・ツールが、ボトルネック(Bottleneck)。

Bottleneck

当時、ジョニー・ウィンター(Johnny Winter)に傾倒していたジーノは、彼のブルージーなソロに近付くべく、このボトルネックを使い74年に「White Death Of A Blind Life」をレコーディングしています。(ちなみに、この「ボトルネック」の下に写っているのは、この楽曲のジーノの直筆の歌詞です。)

それから、これはいまでもジーノのギターの重要な要素を占めるワウ・ペダル「VOX」。

Vox

彼の場合、ワウ・ペダルはギターの音に色彩を与える程度のもので、バックグラウンド的に使っています。(これは兄のウリと同じ…とのこと。)
Runway To The Gods」アルバムのギターソロでもかなり頻繁に使っているそうですが、おわかりになりますか?

Vox

…というわけで、こちら、猫にワウペダルを弾かせてみているジーノ・ロート。(アホです。orz)

レゾナンス 

Zeno新作「ランウェイ・トゥー・ザ・ゴッズ(Runway To The Gods)」の発売後、日本のブロガーのみなさまには、さまざまな形でこのアルバムに関するご意見、ご批判のエントリーをいただいています。
改めまして御礼申し上げます。ありがとうございます。
日本のリスナーのみなさまの耳を非常に重視しているジーノにとっても、記事はかなり興味深いようです。

そして、実はいまマイケル(フレクシグ)からも、このアルバムに関する感想が届いています。(のちほどご紹介させていただきますね。)
フレクシグの今後の活動に関しても、またこちら(日本語版)にて書かせていただきたいと思っています。

また、いくつかのエントリーにリンクを貼らせていただきました。ZENOや「ランウェイ(Runway To The Gods)」関連で、記事を書いてくださった方、いらっしゃいましたらご連絡いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

---以上、お知らせでした。---

Black Angel 

ジーノ(Zeno Roth)にとっての最初のバンドは、ウレ・リトゲン(Ule Ritgen)とフランク・トレ(Frank Tolle)と組んでいたトリオ・バンドで、その後、当時のウルリッヒ・ロート(Ulrich Roth)とドーンロード(Dawn Road)~初期スコーピオンズ(Scorpions)でキーボードを担当していた、アヒム・キルシュニング(Achim Kirschning)が彼らに加わって、「ブラック・エンジェル(Black Angel)」が結成されます。
その頃、北ドイツ・ハノーファー(Hannover)郊外のランゲンハーゲン(Langenhagen)にあった「Robert-Koch-Schule(ロベルト・コッホ校)」の倉庫内で、ウルリッヒを中心にスコーピオンズがリハーサルをしていましたが、(これは、アヒムの父上がこの学校の関係者だったからです)、その隣で、ジーノの「ブラック・エンジェル(Black Angel)」もリハーサルをはじめるようになります。

Robert Koch*ちなみに、この学校の名前になっている、ロベルト・コッホ(Heinrich Hermann Robert Koch)は、炭疽菌、結核菌、コレラ菌の発見者で、パスツールと並んで「近代細菌学の開祖」と呼ばれる細菌学者です。ジーノやウリ、スコーピオンズ、ヘルゲ、ウレたちが少年時代を過ごし、また学校もあったランゲンハーゲン(Langenhagen)は、コッホゆかりの地としても知られています。コッホは、1905年にノーベル生理学・医学賞(The Nobel Prize in Physiology or Medicine)を受賞しています。
(写真は、Nobelprize.org より。)

Black Angel

↑写真は、左からフランク・トレ (ds)、アヒム・キルシュニング (Key)、ウレ・リトゲン (b)、そしてジーノ・ロート (g) です。
この後、ジーノとウレは「ZENO」を結成し、フランク・トレは現在はハノーファーでも指折りの有名弁護士、アヒムは教員の道を進み、現在はスコピやジーノたちがリハーサルをしていたロベルト・コッホ高校の校長になっています。
「ブラック・エンジェル」では、ジーノとアヒムがソングライティングを担当するとともに、実はヴォーカルも務めているんですね。
…というわけで、当時の楽曲から、ジーノ(Zeno Roth)が書き、またヴォーカルも取っている一曲、「White Death Of A Blind Life」のサンプルをお届けいたします。

>> White Death Of A Blind Life (MP3)

1974年の楽曲(ジーノ・ロート18歳のとき)です。70年代の香りがしますが、既に「ZENO」の片鱗が見えているような気がします。

Zeno Rothウリにもよく似たこの写真(←)は、1978年ごろのジーノ・ロートです。
この頃、脱退したウリの代わりに「スコーピオンズ(Scorpions)」にギターとして加入しないかとのオファーを受けています。
…が、本人はこのオファーを即答で拒否(笑)。
そして親友だったマティアス・ヤプス(Mathias Jabs)をスコーピオンズに紹介、マティアスの加入が決まるわけです。
ただこのあとも、スコーピオンズのマネージャー氏は、さまざまな形でジーノをサポートしてくれています。

「学校」と言えば、ロート兄弟は、とんでもない小生意気なガキとして有名だったそうです。ただ、「反抗はいくらでもして良いが、その代わり勉強は怠るな」…という彼らの父親(カール・ヨーゼフ)の方針で、教師にとってみれば、非常に扱いにくいガキだったようです(笑)。

それから、「ウリ(Uli Jon Roth)」は「ウルリッヒ(Ulrich)が本名で「ウリ」は短縮名。「ジョン」は自分があとからつけたアーティスト名です。(ちなみに、ウレ(Ule Ritgen)のファーストネームも、同じくウルリッヒ(Ulrich)です。)
*ウリは、日本語の「瓜」のことは認識しており、自分で自分のことを「きゅうり」と呼ぶことがありますが、しかし「ウリ坊」のことを言われると怒ります。(←そんな勝手な…爆)

ちなみにこの頃の兄弟仲は最悪でした。

バンド名と東方幻想 

ZENO」というバンド名およびアーティスト名は、ギリシャ哲学ストア派のゼノンから…というのは有名ですが(…ですか?)、この前身となったのが「BLACK ANGEL」。
本人によれば、ウレ(Ule Ritgen)とふたりで考えたんじゃなかったかな?…との曖昧な記憶ですが、でもマレーネ・ディートリッヒ(Marlene Dietrich)の「The Blue Angel(ドイツ語名:Der Blaue Engel / 邦題:嘆きの天使)」から影響を受けたような気がする…とのこと。

この「ブラック・エンジェル」(「エンジェルNo.7」という、いまでは笑いのネタにもなっている楽曲がありますが…。あとで、MP3探しておきましょう(笑))については、また後ほど書くとして、このバンド解散後、「ZENO」となる前に、実はジーノとウレで、別のバンド名を模索していた時期がありました。1981年ごろです。

そしてそのときのバンド名候補は、日本語名だったりします(笑)。
ドイツで知り合った日本人に日本語を教えてもらったそうですが、その中のひとつが、「North Wind」(…つまり日本語名で「Kitakaze」)。(うむ)
他に「Kami-Arashi」(神嵐)、「Tamashii」(魂)、「Atarashii-Z」(新しいZ)…。orz
ZENOでよかったと思います(笑)。



さらにこの時代(ZENO直前)、「The Opening Of The Gates」という、非常に東洋的なインストゥルメンタル(Bマイナー)を作曲しています。そしてこのとき一緒にインストのアイディアとして残していたのが、「In The Rainforest」。現在「Listen To The Light」アルバムの中で聴ける楽曲「Rainforest Tears」の元となったものです。

ヴォーカル考 -3- 

Zeno Roth

ヴォーカル考 -2-」より続きます。

少し時系列を進めてみます。
マイケル・フレクシグ(Michael Flexig)との仲が、一時完全に歪んだのが「Zenology II」発売直後。このアルバムの契約前に、マイケル本人とウレ(Ule Ritgen)の許可と同意は取ってあり、ロート側にすれば"寝耳に水"のクレームではありましたが、しかし人間関係というのは、何が原因で、いつ崩れるともわからぬ薄い氷のようなもの。
その後、マイケル側から正式にジーノ脱退の意志を伝えられることになります。
このVo.交代劇に最後まで反対していたのが、実は兄のウリ(Uli Jon Roth)なのですが、ウリの説得も及ばず、結局、「新作のVo.を新たに探す」という課題に直面することになります。
そしてここからが険しい山道の入り口となるわけです。

なぜウリが最後まで反対し、また新Vo.探しが難しいものとなったのか…。それは、マイケル・フレクシグのヴォーカリストとしての精神的クオリティの高さにあります。
(ジーノにとっての)フレクシグの音域の問題というのは以前にも書いた通りですが、しかしそれを越えて、これまでの「ZENO」には(ロートとフレクシグの)ケミストリーが存在しています。
それは、ジーノの書く曲および歌詞を、フレクシグが非常に深く理解した上で歌っているからです。ジーノの詞はメッセージ性が高くメタファーを多用し、さらに行間の意味も多い。これを理解して歌うシンガーとそうでないシンガーというのは、結果に大きな差が出ることになります。
また、彼らふたりのレコーディング作業の緻密さというのは共通で、納得のいくまで何度もやり直すという点でも同じ音楽哲学を共有していると言えるでしょう。

兄のウリ以上に完璧主義であると言われている弟。彼のこだわりと性格をしっかり把握していたフレクシグは、同胞ウレ・リトゲンと同じく、「ZENO」哲学の要となるVo.だったのです。

…「ヴォーカル考 -4-」に続きます。

Together 

Peace One Day英語版のZeno Journalにもエントリーしていますが、ジーノ・ロート(Zeno Roth)は、イギリス人映像監督のジェレミー・ギレイ(Jeremy Gilley)の提唱した「Peace One Day」を全面的にサポートしています。
この「Peace One Day」というのは、一日だけでもいいから武器を置いて戦うことをやめてみないか?…というジェレミーの呼びかけにUNUnited Nations)も応え、毎年9月21日を「銃を置いて、傷つけ合うことをやめる日」と制定(an annual day of global ceasefire and non-violence on the UN International Day of Peace)。2001年よりはじまり現在に至っています。

この機会に、日常生活の中でも、そしてちょっと視線を外に向けてグローバルにも通じるんじゃないかと思うジーノの楽曲、「Together」をアップします。改めて、歌詞にも再度目を通していただければ有難いです。

Together (mp3)

Together
There were times - walking on my own
when I thought I wouldn't need anybody
but after years - feeling all alone
I began to see a reason for living

Together - as time is going by
like the stars up in the sky - forever

We'll make the way together
(like the stars in the sky)
We're gonna stay together till the end
cause we all know together we can win
it is more than you and me, it's together
- till the end...(...till the end...)

So let us walk - stronger than before
let us take a road that keeps us together
Mankind, survive - begin to understand
our reason to be here is to make the way

Together - as time is going by
like the stars up in the sky - forever

We'll make the way together
(like the stars in the sky)
We're gonna stay together till the end
cause we all know together we can win
it is more than you and me, it's together
- till the end...(...till the end...)

We'll make the way together

シンクロニシティ -共鳴- 

「ランウェイ・トゥー・ザ・ゴッズ(Runway To The Gods)」の制作が本格的に始まったのは1998年。日々楽曲数が増えていくなかで、アートワークのテーマのようなものも、ロートの頭の中で早くから形作られていました。
この頃は、ウレ・リトゲン(Ule Ritgen)とのコラボレーションのアイディアもまだ生まれておらず、しかしロートは自分の思い抱いていたイメージを、あるアーティストの絵に凝縮させていました。
それが、ドイツ人画家アルブレヒト・アルトドーファー(Albrecht Altdorfer)(1480–1538)の「The Battle of Alexander(1529)」です。
この絵をベースにした(初期)アートワークイメージも何点か創作されましたが、結局それ以上にウレの作品(>> 名まえのない沈黙 -In Nameless Silence-)がすばらしかったことから、カヴァーがウレのイラストレーションに落ち着いたことはご存知の通りです。

さて。それから時を少し移動させてイギリス。
兄のウリ・ジョン・ロート(Uli Jon Roth)が構想を練り映像監督もつとめた、ヴィヴァルディの「四季」からのスカイギター+オーケストラ映像、「Venga La Primavera」。
この映像の一部のバックドロップに使われている絵は、アルトドーファーの「The Battle of Alexander」。まったく同じです。

これに関して兄弟で話し合われたことは一度もなく、純粋なシンクロニシティになっています。

Albrecht Altdorfer
(絵の画像は、The Web Gallery of Art よりお借りしました。)

ジーノとウリ、性格がまーったく異なることから、表面上は決して仲の良い兄弟とは言い難いのですが、こういったシンクロがよく起こります。
さらに親しい人たちの間で有名なのが、声が似過ぎていて、たとえば電話などでは判別が付けられないこと(笑)。ジーノの息子でさえ、時々間違います(←それもどうかとは思うが…)
日常生活ではほとんど接点のない二人ですが、しかし芸術分野においてはお互いを認め合っています。ウリの夢は、ジーノをステージに引っ張り出すこと。一時は、Electric Sun -- Uli Jon Roth -- Zeno -- Fair Warningでのジョイントコンサートの構想も練っていましたが(メンバーは、ほとんど同じですし…笑)、これが実現したら興味深いでしょうね。

Peace One Day 

The 21st of September is the International Day of Peace, a day of global ceasefire and non-violence. (Please refer to the previous entry on this subject from September 2005 >> 21/09: Peace One Day).
Peace One Day Official Site

This magnificent initiative was created by the British film director Jeremy Gilley, proving all those wrong, who fall in despair over the state of our world, and not becoming creative by finding ways in which to help, believing that no “one individual” is capable of changing anything. This is a dangerous psychological trap we tend to fall into, when “forgetting” the underlying link we all share with our fellow Humans – a trap, being utilized by those who came to destroy and divide, rather than to heal and unite.

At times it does seem that we are doomed to walk the path of life on our own, as solitary sufferers in a world of neglected souls, a world, the condition of which is a precise reflection of the state that our collective Human mind is in, a world, in which conflicting energies constantly rage against each other, making us (seemingly) drift apart, thus allowing our souls to fall asleep. --- But wake up! To create a choir every voice is needed. To write a symphony every single note is important and necessary. Was not Jesus “one individual”, was not Martin Luther King “one individual”, was not Gandhi “one individual”? Did not all those individuals, unwilling to succumb to narrow-minded materialism, instead fighting for the cause of Love, start out on their own? And yet, in a broader historical context, over time they have in fact formed a timeless “Army in Spirit”, which we all should join in order to heal this world, rather than damage it further. This is the task we all share, which therefore unites us already! – (The task especially for those who seek and cannot find their personal “purpose in life”).

This is the deeper meaning of the global challenge facing us: To grow together through the need to work together in a true global sense, in order to overcome the truly global problems we share in this world. Let us not forget: Peace is not a “final goal” in itself, but a prerequisite, and thus only a first step on the way to a happy world society one day. To heal this world in a combined effort is the purpose we all have in common, regardless of race, gender, religion or age - presenting us (for the first time in history) with a truly world-wide challenge (and at the same time opportunity) to create a world as it was meant to be, a United World in the true sense of the word, in which ONE Humankind exists in ONENESS with itself and Creation.

Please support this unique initiative in any way You can. Presenting the countries taking part in this year’s event on the PEACE ONE DAY website, Mr. Gilley asks in particular for help regarding a few countries, not yet on the list. (A list, growing with astounding speed). >> Unite The World

Peace One Day

"We must make every effort for the promotion of peace and inner values. I fully support Peace One Day"
His Holiness, The Dalai Lama, Nobel Peace Laureate

"I think this is a great idea. Any moment where there is a day or a week that we can give the combatants to pause, to think, and reflect on what they are doing to their own people and to the environment will be a great achievement and I will support it 100%... individuals can make a difference and if each of us did our bit collectively we will make a major contribution."

Secretary-General United Nations Kofi Annan

"If you build a house you start with one brick.
If we want to build peace why not start with one day...
and that day has arrived."

Jeremy Gilley

ヴォーカル考 -2- 

ヴォーカル考 -1-」より続きます。

妥協を許さず限界まで自分を追い詰めていくジーノ・ロート(Zeno Roth)の仕事の仕方は、各アルバム制作時、「これが最後の作品になる」という思いを彼に強く抱かせることになります。
それは、前作の「Listen To The Light」でもそうでした。
このアルバム(LTTL)用に曲を書いていたときは、マイケル(フレクシグ)の音域とファルセットを常に頭の中に置いており、彼の(自)声の届かない高音(つまり、ファルセットになってしまう域)を極力避けるようにして曲を書きました。もちろんそれは、ジーノにとって自然のことであり、当時は何の疑問も持っていなかったのですが、完成させたアルバムを聴き直しながら、彼自身の中で「ヴォーカルの壁」にぶち当たっていくことになります。

そしてその後に彼を襲った"創作"の苦痛。
その苦しみの中、自己の心の壁を素手で破るように、青天の霹靂のごとく生まれたのが、「Shades Of Blue」です。
非常にキーの高い、パワフルな高音が必要とされる曲で、マイケル(フレクシグ)の音域を考えれば、以前はあり得なかった楽曲。しかもこの当時(1998年)は新作のVo.はフレクシグの予定であり、レコーディング不可能になる可能性もあったわけです。

このときのジーノ・ロートの思いは、
「これが正しい選択ならば、あとは運命がこれに従う」。

そして、Vo.の音域に制限されない楽曲を、自分の書きたいまま心のままに書き綴っていくことになります。

この頃、いまだVo.はマイケル・フレクシグの予定でした…。


…「ヴォーカル考 -3-」に続きます。

ヴォーカル考 -1- 

Zeno Roth

ファースト・アルバム「ZENO」の1曲目で、いまだにジーノの代名詞的な曲でもある「イースタン・サン(Eastern Sun)」。
この曲を書いたとき、ジーノが想定していたヴォーカルは、ジャーニー(Journey)のスティーヴ・ペリー(Steve Perry)タイプ。…と同時に、実は「イースタン・サン」は、Journeyの名曲「Separate Ways」にも大きな影響を受けています。

スティーヴは、いまだにジーノにとって最高のVo.のひとりです。彼の声をイメージして書いた曲も少なくありません。さらに、ジーノにとっての「理想のシンガー」と言えば、ロバート・プラント(Robert Plant)とディヴィッド・カヴァデール(David Coverdale)。
(「Runway To The Gods」アルバムの「I Feel - I Live」を聞いて、カヴァデールを連想する方も多くいらっしゃるかもしれませんね…笑。ちなみにこの曲は「Burn」同様、最初の部分でVo.とドラムの掛け合いが楽しめます。)
それから他に加えるなら、ポール・ロジャース(Paul Rodgers)とジュディ・ガーランド(Judy Garland)…とのことです。

しかし運命とは不思議なもので、80年代の前半にZENOのVo.として抜擢されたのが、マイケル・フレクシグ(フレクシッヒ)(Michael Flexig)。ロートの書く曲とともに、フレクシグの天から響くかのような透明な声はトレードマークとなり、バンド「ZENO」に"神聖な"…というルビがつくようになっていったわけです。

…「ヴォーカル考 -2-」に続きます。

ふたつの耳とひとつの口 

「ジーノ(Zeno)」というのは本名ではなくアーティスト名です。(…ご存知のこととは思いますが…笑)。
パスポート上の名前は普通の(やや古風な)ドイツ語名で、ヘルゲ(Helge Engelke)やウレ(Ule Ritgen)などの親友たちは、このドイツ名の短縮形を使います。80年代のファーストの「ZENO」の頃(EMI UK時代)は、長くロンドンに滞在していましたが、英米の関係者からは、本名の英語版の短縮形(ややこしな…笑)で、「Jo(ジョー)」と呼ばれていました。
いま、再び在英国ですが、最近ではすべて「ジーノ(Zeno)」で通っています。

Zeno Rothこのアーティスト名の由来となったのが、ギリシャの哲学者でストア派のゼノン(Zenon:BC335-BC263)です。
Zeno Roth自身の哲学は、このストア派(ストイシズム)に非常に近く、生き方においてもストア派と相通じるところがあります。

ストア派のゼノンの言葉に、「なぜ、耳は二つあるのに口は一つなのか?それは、多くを聞き、語るのは控えよ…という意味だ」…というのがあります。
The reason we have two ears and only one mouth, is that we may hear more and speak less.

…確かに。

ジーノ(Zeno Roth)は聞き手役に回ることが多いですが、しかしドイツ人らしく(?)、議論(ディベート)も非常に強いです。さらに「Sharp tongue」(毒舌)としても友人の間では有名で、ウリ(Uli Jon Roth)を黙らせられるのは、弟だけ…とも言われています。…笑

The Orchard 

THE ORCHARD
October 2001

Imagine a beautiful orchard, abound with trees bearing fruit.
As the sun takes his course and the weathers do their work, the fruit mature, being found in all states of development imaginable.
Some may thrive to sublime perfection, to Man and Creation's delight - nourishing us all, thus passing on the radiant force they have absorbed in a lifetime and beyond, from the elements and age-old experience. A feast, both earthly and divine will be held at their appearance and harvest. It is the Essence bearing fruit...
Some may not grow to ripeness but stagnate, be it from bad seed or bad soil or a location in a sunless valley or a waterless fallow. Those fruits will be picked merely to still the hunger of the many, as they mainly carry the power of the soil.
Some fruits may wither upon conception, deprived of the delights of maturity. They fall un-plucked, the seed of another chance to come, soon buried by leaves and earth in a temporary grave.
They came to live on future promise and die on failings of the past. All fruits within the boundaries of the orchard have a clear and distinct end in life, although most have forgotten about it, now encaged within the requirements of physical survival - oblivious of the very seed that brought them into existence and keeps them alive after being born. This core is buried under legions of shells of personal history, leaving the skin as the ambassador of a whole array of fruity personal aspects, which form what we call the complete personal Being.
However, nothing of this takes away from the beauty of the orchard, with its boundless fertility, which only is what it is by means of the diversity and development of the fruits growing within its prolific boundaries. Every single fruit in this orchard is essential to make it a truly fruitful place...

Zeno Roth

ムーンギター 

Moon Guitar Zeno Roth Custom

黒猫を写真に収めるのは難しく、同様に黒いギターを撮るのも難しい。

…というわけで遅くなりました。
今回のアルバムでほとんどのギターソロを担当したムーンギター(Moon Guitar)です。>> Moon Guitar Zeno Roth Custom

「ストラトキャスター(Stratocaster) X レスポール(Les Paul)」の究極の形で、ジーノのもっとも理想とする音が実現できるギター。ジーノはこれを「ギター界のフェラーリ」と呼んでおります。

ボディはマホガニー(Mahogany)、フレットボードがエボニー(Ebony)。
ピックアップは、リンディ・フレーリン(Lindy Fralin)。
トレモロ・システムはフロイド・ローズ(Floyd Rose)。

Moon Guitar

マシンヘッド(ペグ)はクロコダイル(Crocodile)。

Moon Guitar

これが、今回のアルバムで通しで使ったギターピック。ダンロップ(Dunlop)の1.0mmです。

さて。ギターソロ…ということで、アルバム最後の曲(11曲目)「Sunset Birds Flying Home (Celestial Touchdown) (Instr.) 」の一番最後の数音がかなり高音になっていますが、これもこのムーン・ギターで弾いています。
これは、「ハーモニック(Harmonic)=Flageolet」のジーノ流テクニックです。ヴァイオリン奏法からヒントを得たそうで、「Sunset Birds Flying Home」の中では、3分46秒あたりからこの高音が聴けます。

これら、ギター奏法やハーモニックのテクニックに関しては、9月10日発売のヤングギター(YOUNG GUITAR)10月号のインタビューの中でも詳しく語られていますので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

地獄の黙示録 

Apocalypse Now映画館に足を運ぶことは非常に少ないですが、でも家で見る映画は、ジーノ(Zeno Roth)にとっての息抜きのひとつです。
…というわけで、彼の好きな映画ですが、筆頭は「地獄の黙示録Apocalypse Now)」。
Horror. Horror has a face... and you must make a friend of horror.

フランシス・F・コッポラ(Francis Ford Coppola)は好きな監督のひとりで、ほかに、ロマン・ポランスキー(Roman Polanski)もよく見ています。

「地獄の黙示録」に続いては、「シンドラーのリストSchindler's List)」や「アマデウスAmadeus)」、そしてキューブリック(Stanley Kubrick)の「2001年宇宙の旅2001: A Space Odyssey)」。
「シンドラーのリスト」は、公開時にロンドンでウリ(Uli Jon Roth)とふたりで映画館で観た…というエピソードつき。(ふたりで一緒に観た映画…というのはこの一本のみ。)
ちなみに兄のウリは、大のスター・ウォーズ(Star Wars)フリークで有名デス。

好きな役者は、男優がマーロン・ブランド(Marlon Brando)とポール・ニューマン(Paul Newman)。女優が、メリル・ストリープ(Meryl Streep)とイングリッド・バーグマン(Ingrid Bergman)。特にメリルには思い入れが強く、彼女の映画はほとんど欠かさず見ている…と思われ…。
余談ですが、ジーノ・ウリ兄弟の父親の、著名なジャーナリストで作家でもあったカール・ヨーゼフ・ロート(Carl Josef Roth)は、面影がポール・ニューマンに似ています。
残念ながら、若くしてこの世を去りましたが(1972年:ジーノが16歳のとき)、
兄弟の父親に対する思いというのはいまだに非常に深く強いです。カール・ヨーゼフ・ロートは9ヶ国語を操ったマルチリンガルで、その著書も、ドイツ語、英語、フランス語と多岐に渡ります。既にマーケットから姿を消しているものがほとんどですが、動物をテーマにした短編集、「Stories aus fünf Kontinenten」は感動的な一冊で、機会があったらご紹介したいですね。

19位 

Runway To The Gods -Zeno-昨日発売になった「Runway To The Gods」(東芝EMI)、おかげさまで、オリコンのアルバム・デイリー・ランキングで19位をいただきました。(…と、ご連絡いただきました。ありがとうございます。)
またたくさんのポジティブなレビュー、感想等いただいております。
どうもありがとうございます。


ことば遊び -Purify- 

ジーノ・ロート(Zeno Roth)の書く詞は、ほとんどがメタファーである…と以前も触れましたが(>> Schweigen(沈黙))、「ピューリファイ -Purify (Pilgrims Of Remembrance)-」では、彼特有のことば遊びが見られます。

以下の3行です。
The floods engulfed the king of Egypt many years ago
A thinking man of Cyprus came to free the human soul
On the isle a master of the word recreated our universe

これは、歴史上の3人の人物を表したものですが、それぞれ誰かおわかりになりますか?対訳でもそれなりに工夫(?)してみましたが、「Zeno」を語る上で非常に大切な人々です。
(Zenoクイズ!…笑。わかったかたには、Zenoから特別プレゼントを差し上げます。コメントまたはメールにてどうぞ…。)
この「ピューリファイ」の「詞」全体がそうなのですが、いずれも「ノストラダムス」的(←本人いわく)な抽象的表現を多用してあります。

上の3行は、この一行で結ばれます。
Stones will turn to diamonds, storms will rest in silence, till the waterfall of time stands still

この「ピューリファイ」は9/11のすべての被害者に捧げられた曲です。世界の平和と人々の心の結合のための曲になりますように…という願いが込められています。
曲の構想は、以前から既にありましたが、2001年の9月11日のあの衝撃の映像を見て、その夜にこのギター・ソロはレコーディングされました。痛みと悲しみを含む、非常にエモーショナルなギター・ソロです。

そして彼のもっとも訴えたかったことばが、
Purify - the shadows of remembrance cast away
It's for you to find the forgotten roads along your destiny

Many times in life we wonder why things go the way they do
In entirety the answer lies and all you ever knew

この詞にも書かれているように(>> 人生の中で何度も思う/なぜこんなことが起きるのだ…と/しかしすべての出来事には原因があり/それを解く答えも必ず隠されている…対訳より)、「この世に偶然はない。すべては必然であり、それははるか昔の記憶から呼び起こされることもある。」…というのは、ジーノ(Zeno)の信条のひとつです。

この曲のアートワークは、再びウレ・リトゲン(Ule Ritgen)のイラストレーションを使わせていただきましたが、これはカヴァーの別バージョンになっています。剣を持っていた「カヴァー」に対し、こちらは杖。副題の「巡礼者(ピルグリム)」にマッチしている…ということから、この絵の「部分」をバックグラウンドにしています。

In Nameless Silence

ジーノ版ミュージック・バトン 

Zeno Roth

ミュージック・バトン(Musical Baton)風に、ジーノ(Zeno)のよく聴く音楽編です。

>> Song playing right now (今聞いている曲)

「何も聴いていない」…というのが答えで(笑)、日常ではほとんど音のない世界にいます。時々車の中で、モーツァルトやベートーヴェンを聴くことはあるようです。

>> The last CD I bought (最後に買ったCD)

ほとんどCDは買いません。なので、最後に買ったCDも記憶にない…とのこと。

>> Five songs (tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me (よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)

楽曲と言うより、アルバムで…ということで。
1. Yesの「Relayer

-Yes- Relayer

2. Jimi Hendrixの「Axis: Bold As Love

-Jimi Hendrix- Axis: Bold As Love

3. Jeff Beckの「Blow By Blow

-Jeff Beck- Blow By Blow

4. Beethovenの「交響曲第5番」



5. おそらく自分の過去のアルバム

ジーノにとっての20世紀最大のアーティスト(作曲、作詞ともに)は、ジミ・ヘンドリクス(Jimi Hendrix)とボブ・ディラン(Bob Dylan)。
ベスト・ギタープレイヤーは、ジミ・ヘンドリクス(Jimi Hendrix)、ジャンゴ・ラインハート(Django Reinhardt)、ジェフ・ベック(Jeff Beck)、それからピーター・グリーン(Peter Green)。
時代を超えた偉大な作曲家は、ベートーヴェン(Beethoven)、モーツァルト(Mozart)、バッハ(Bach)、そしておそらくチャイコフスキー(Tchaikovsky)…とのこと。

カヴァレリア・ルスティカーナ -Cavalleria Rusticana- 

Zeno Roth

ドイツ時代、ロート家と親しかったある日本人の友人が、カラヤン(Herbert von Karajan)の「ロマンティック・アダージョ(Romantic Adagio)」をプレゼントしてくれたのは、もう何年くらい前のことになるでしょうか?ドイッチェ・グラモフォン(Deutsche Grammophon)に関係のあった友人で、「良いアルバムだから聴いてみて」…と薦められたと記憶しています。
>> Romantic Adagio: Karajan (Amazon.com)

Romantic Adagio -Karajan-このCDの1曲目に入っていた美しい曲が、マスカーニ(Pietro Mascagni)の「カヴァレリア・ルスティカーナ:間奏曲(Cavalleria Rusticana: Intermezzo sinfonico)」です。
オペラをよくご存知の方には有名な曲かと思いますが、この曲にインスパイアーされて、Zenoがギター・アレンジを加えて編曲した曲が、「Runway To The Gods」の6曲目「ソーニョ・ディ・アンジェロ(Sogno Di Angelo):天使の夢」になります。


Raging Bull「第一次(仮)マスター」完成後に、今回アルバムのライナー・ノーツをご担当くださった知識の泉、"the one and only"の酒井様に、マーティン・スコセッシとロバート・デ・ニーロの映画、「レイジング・ブルRaging Bull)」のことをご指摘いただきました。(この映画のサウンド・トラックとしても効果的に使われていましたよね。)
…が、この映画をZenoは観ていません。(Zenoの映画観についてはまた後ほど書きます。)

先にカラヤンが出たので、クラシックの指揮者についても触れてみますが、ジーノ(Zeno)はウリ(Uli Jon)ほどは指揮者にはこだわらないのですが、敢えてあげるなら、バーンスタイン(Leonard Bernstein)を好んで聴くとのことです。また、ウリの場合、「ベートーヴェンはカラヤンでなければ…」という強いこだわりがあったりします。

…というわけで、途中からのサンプルになりますが、Zeno版インターメッツォ、「天使の夢」のMP3です。全曲は、アルバムにてお楽しみください。

Sogno Di Angelo

スタジオのある場所 

Runway To The Gods -Zeno-Runway To The Gods発売日です。
まず、長い間待ってくださったファンのみなさまに、心よりお礼申し上げます。そして、Zenoを信じ、サポートし続けてくださった関係者のみなさまに、尽きることのない感謝の意を表させていただきます。
願わくは、聴いてくださったひとの心に長く生き続けるアルバム(楽曲)となりますように…。
(のちほど、Zenoのヴォイス・メッセージをお届けいたします。)

発売日記念に、1曲目のちょっと長めのサンプルを貼ってみます。どうぞお楽しみください。
Fanfares Of Love (Sample)



さて。
ご存知のように、このアルバムの制作には長い、長い、長い…年月が費やされましたが、この間のレコーディング、ヴォーカル・セッション、ミキシング…等々(つまり制作のすべて)は、この場所↑で行われました。

ここは、ウリ・ジョン・ロート(Uli Jon Roth)のスカイ・スタジオ(Sky Studios)とジーノ・ロート(Zeno Roth)のエターナル・フレーム・スタジオ(Eternal Flame Studios)があった場所で、ウレ・リトゲン(Ule Ritgen)やヘルゲ・エンゲルケ(Helge Engelke)が休暇に訪れ、また、マイケル・シェンカーやグレン・ヒューズ、ジャック・ブルース…などが、リハーサルを行った場所でもあります。

ただ、平家物語の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響有り」…ではありませんが、いまはこの家は人手に渡っており、当時の華々しさは、庭の樫の木と草を食む羊のみぞ知る…といった感じですが…。



いまだにこの庭を見ると、当時響いていた音や声、創作でとりこぼした音符、ギターの音色、オーケストラの音(実際、オーケストラの録音には最適の場所でした)、苦悩、痛み、悲しみ…がどこかから聴こえてきそうです。(喜びや笑いは、なぜか極端に少ない場所でしたが…。)

「Runway To The Gods」アルバムに話を戻せば、創作、作曲からレコーディングすべてに至るまで、この場所で仕上げられた曲は3曲。(つまりアルバムの作曲年で言えば、最後の(もっとも新しい)3曲になりますね。)
それは、Do You Feel The TimeClimb The SkySunset Birds Flying Homeです。

2本のストラトとプロモーションビデオ(1st) 

新作発売日直前に、過去の作品に話が戻る…というのもなんなんですが、過去があっての現在…ということで。

下のエントリーでギターの話に触れましたが、この2本のストラト(現在の「白」と既に手放した「黒」)が見られるのが、1986年の1stアルバムのプロモーションビデオです。

まずは、現在の「白ストラト」。
これはバラードの名作「Love Will Live」の中で…。

Love Will Live


さらに幻の「黒ストラト」。
これは「A Little More Love」の中で…。

A Little More Love

>> A Little More Love (Youtube)

このふたつのビデオは、EMI UK時代に作られたものですが、監督は2作品とも、巨匠ストーム・ソーガソン(Storm Thorgerson)氏。
ミュージックビデオの世界では、ピンク・フロイド(Pink Floyd)、ロバート・プラント(Robert Plant)、ポール・ヤング(Paul Young)、ニック・カーショウ(Nik Kershaw)、イエス(Yes)などのPVを手がけています。(たとえば、Yesの「Owner Of A Lonely Heart」とか…。)

Pink Floyd : Atom Heart Motherそして、ソーガソン氏といえばアルバム・カヴァー。
彼が中心であった「ヒプノシス(Hipgnosis)」時代の有名なアルバム・カヴァーを揚げていったらキリがなくなりますね。アルバム・カヴァーの定説を打ち破ったデザインは、とにかく斬新でした。
ちなみにこのカヴァーは、ご存知、ピンク・フロイド(Pink Floyd)の「Atom Heart Mother(原子心母)」。ソーガソン氏のワークです。

話が前後しますが、あの時代、YESとも交流のあったZenoですが、彼にとっての、昔からのそして今に至るまでの、ベーシストとしてのヒーローは、クリス・スクワイアー(Chris Squire)。
Listen To The Light」アルバム以降、プロデュースに加えて全楽器を担当しているZeno Rothのベースの上手さが時々話題にされますが、彼のベース・プレイはクリスからの影響が大きいようです。
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About Zeno Roth

Zeno

Author:Zeno

---
The Official Zeno Roth MySpace
1956年6月30日、ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。

バンド「ZENO」で、1986年にEMI UKよりファーストアルバム「ZENO」でデビュー以来、メロディアス・ロック・シーン屈指のソングライターとして高い評価を受け続ける。
兄、ウリ・ジョン・ロート(Uli Jon Roth)とも比較される流麗な泣きのギターワークも常にファンの注目を集める。
また、高いメッセージ性のある詞も、Zeno音楽哲学の中では重要な位置を占めており、そのリリシズム溢れるメロディとともに、ヒーリング・ロックと呼ばれることもある。
作品は完全完璧主義であり、最後の一音に数ヶ月時間を費やすこともある。…が、素顔は結構ひょうきんである。

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